イチローとアメリカ駐在について海外駐在員が思うこと

イチロー

こんにちは、ダラス駐在員のアポロです。

ブログ投稿日の今日は10月22日。

何の日かご存じでしょうか。

ブログタイトルからも察するとおりイチロー選手の誕生日です。

僕はずっと野球をやってきたこともあり、イチロー選手がかなり好きです。

少年野球のときからイチローは輝いていました。

イチロー選手に憧れて左打ちに変更しました。

当時は松井秀喜選手や高橋由伸選手のように右投げ左打ちの球児が多かったように思えます。

ポジション変更の打診があってもイチローと同じポジションのライトにこだわり、ずっとライトを守っていました。

それくらいイチロー選手が好きな筆者ですが、海外で挑戦するという意味では野球選手も海外駐在員も同じ心境かもしれません。

日本を離れてプロフェッショナルに仕事をこなす。

イチロー好きな海外駐在員という視点で今日はイチローとアメリカ駐在について思うことを話していきます。

目次【本記事の内容】

イチローの卒業文集

桜

イチロー選手は日本人なら誰でも知っている日本人の一人かと思います。

そのためイチロー選手の細かい経歴はここでは割愛しますが、イチローが小学生のときに書いた卒業文集を紹介します。

イチローは小学生のときから凡人ならぬことを考えています。

卒業文集をまずはお読みください。

ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校と全国大会に出て、活躍しなければなりません。 活躍できるようになるには、練習が必要で す。 ぼくはその練習にはじしんがあります。ぼくは3歳の時から練習を始めています。 3歳から7歳までは半年位やっていましたが、3年生の時から今までは、365日中、360日ははげしい練習をやっています。

だから、一週間中で友達と遊べる時間は、5時間~6時間の間です。そんなに、練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。 そして、中学、高校でも活躍して高校を卒業してからプロに入団するつもりです。 そしてその球団は、中日ドラゴンズか西武ライオンズが夢です。ドラフト入団で、けいやく金は1億円以上が目標です。ぼくがじしんがあるのは、投手と打げきで す。

去年の夏、ぼくたちは全国大会に行きました。 そして、ほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会NO.1投手とかくしんできるほどです。打げきでは、県大会4試合のうちに、ホームランを3本打ちま した。 そして、全体を通した打りつは、5割8分3りんでした。このように、自分でもなっとくのいくせいせきでした。 そして、ぼくたちは、1年間まけ知らずで野球ができました。 だから、このちょうしでこれからもがんばります。

そして、私が一流の選手なって試合に出れるようになったら、 お世話になった人に。招待券をくばって、おうえんしてもらうのも夢の一つです。とにかく、一番大きな夢は、プロ野球の選手になることです。

僕がイチローの卒業文集を初めて読んだときは涙が出そうになりました。

これが夢を叶える人の思考回路かと。

僕も努力するのは好きな方なんですが、プロとアマチュアの考えを痛感させられました。

イチローの卒業文集を読んで何か感じる人はきっと僕と同じように何かに挑戦するのが好きなタイプかなと想像します。

ちなみに僕も小学生のときの夢はプロ野球選手でしたが、卒業文集は修学旅行の思い出を特に文才もなく書いているだけでした。

やはり僕は凡人のようです笑。

日本人初のメジャーリーガー外野手誕生

僕が高校球児のときにイチローはメジャーリーグに挑戦しました(年齢がばれますが笑)。

ペプシコーラについてくるボトルキャップを全種類集めようとしていました。

(ペプシのボトルキャップは下の画像参照、ツイートは引用OKと造形師の方に事前了承済み)

おまけ欲しさに炭酸飲料を毎日飲んでいました笑。

バットが柔らかく折れやすかったのですが、ホームとアウェイのユニフォームカラーがあり、コンプ目指したのもいい思い出です。

実家のどこかにあるかな、きっと。

当初イチローは日本人初のメジャーリーグ外野手でした。

野茂英雄選手のように投手で成功した日本人メジャーリーガーは今までいましたが、野手で成功している人は当時いませんでした。

渡米前はマスコミなどにも疑問視され、体格的に不利でパワーのない日本人が打者として成功できるかは微妙でした。

それでもイチローは1年目から活躍し、アジア人初の新人王、首位打者、盗塁王など数々のタイトルを獲得しました。

その後、メジャーリーグの最多安打数も更新しました。

マリナーズの契約後はヤンキースやマーリンズに移籍し、メジャーリーグでのプレーを続けました。

WBS韓国戦決勝での勝ち越し打

WBS決勝のタイムリーヒット

韓国チームが語る「特別な存在」イチロー第2回WBC決勝での8球を振り返る

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201607300003-spnavi

数々の成績を残したイチローですが、僕が好きなシーンのひとつはWBS(ワールド・ベースボール・クラシック)の決勝となります。

WBSは日本人メジャーリーガーも参加し、世界中の国と対戦する世界大会です。

野球好きとしてこんなにテンションの上がる大会はなかなかありません。

2009年に開催された第二回WBSは日本代表の二連覇がかかっていました。

やはりもう一度世界一になってほしい。

そんな思いがファンとしてありました。

活躍が期待されていたイチローでしたが、スランプを味わいます。

なかなかヒットが打てません。

絶不調でした

打率低迷ばかりメディアで大きく報道されていましたが、イチロー本人が一番理解していたのかなとも思います。

そしてWBS決勝、韓国戦。

勝った方が優勝という大一番。

日本は9回裏に追いつかれてしまいます。

延長戦になった10回。

チャンスでイチローに打順がまわってきました。

今まで全く打てなかったイチローですが、ここで値千金の二塁打

このイチローの適時打によって日本は逆転、優勝を決めます。

苦しんでいたのが分かったので僕個人も嬉しかったです。

日本国民、みんな熱狂したんじゃないかな。

古巣マリナーズへ復帰

イチロー

現在44歳のイチロー、古巣シアトル・マリナーズへの復帰が正式に決定

https://hypebeast.com/jp/2018/3/ichiro-seattle-mariners-come-back

シアトルマリナーズでプレーした後はヤンキースやマイアミマリーンズに移籍します。

再びマリナーズに復帰したのは2018年でした。

もう既に40歳を超えており、当時のように200安打や盗塁はできなくなっています。

完全に衰えが始まっていました

そして復帰直後のマリナーズ開幕戦。

古巣のファンからスタンディングオベーション

温かい拍手で迎え入れられていました。

イチローも試合後の会見で感動したと言っていました。

アメリカ人はこういうところに優しさを感じられます

ビジネスパーソンで言えば転職したあとに同じ企業に戻ってくるようなイメージです。

少し前ですがエンジニアの引き抜きがサムソンなどの韓国企業を中心に横行していました。

高給目当てに韓国企業に転職したあと、元いた企業に戻るのと同じ心境かなと感じます。

なかには元社員を歓迎しない人もいるでしょう。

むしろ歓迎することは難しいかもしれません。

それができてしまうのがアメリカなのです。

メリカ人の度量の深さを感じられるシーンでした。

アメリカ駐在員としてはこういうところも見習って日本へ帰国したいですが、懐が大きくなっているかどうか。

日本の開幕戦と引退会見

イチロー引退会見

イチロー引退会見速報(6)完「孤独で苦しんだことあったが、未来の自分にとって大きな支えに」

https://www.sankei.com/sports/news/190322/spo1903220011-n1.html

2019年のマリナーズ開幕戦は日本で行われました。

マリナーズへ復帰して2年目でしたが、2018年シーズンも途中から特別コーチとしてチームに帯同し、選手としては出場していませんでした。

潮時でした。

日本での開幕戦でしたが残念ながらノーヒットで終わりました。

そして試合後に引退会見が行われました。

少年野球のスターだったイチローの引退です。

目頭が自然に熱くなりました。

外国人としてプレーしたときの心境を暴露していました。

やはり日本人外野手として初めて渡米し、苦労が大きかったに違いありません。

僕も駐在員としてアメリカで働いていますが、ネットもなかった時代にアメリカ駐在員として勤務していた過去の大先輩には頭が上がりません。

米国に来て外国人になったこと。米国では僕は外国人ですから。外国人になったことで人の心をおもんぱかったり、今までなかった自分が出てきた。本を読んだり情報を得ることはできても体験しないと。孤独を感じて苦しんだことは多々あったけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。だから、辛いことしんどいことから逃げたいと思うのは当然なんですけど、エネルギーがある元気なときにそれに立ち向かっていくのは人として重要なのではないかと感じています。

イチロー引退会見より抜粋

イチローとアメリカ駐在について海外駐在員が思うこと

今日はイチローの誕生日(10月22日)ということで、僕の好きなイチローとアメリカ駐在について思うことを野球好きな海外駐在員の目線で述べました。

日本人初めての外野手メジャーリーガーとして渡米したイチロー。

外国人として馴染めなかったかもしれません。

今はネットなどがあり、比較的情報が得やすい環境ですが、当時のアメリカ生活の苦労は大きかったに違いありません。

海外駐在員も異国の地で働くという意味では同じです。

またアメリカ人は古巣に戻ってきた選手に対しても温かく受け入れる度量の深さがあります。

日本は村社会でもあり、よそものに厳しい国民性がありますが、こういういいところは積極的に自分のものにして日本に帰国したいなと思っています。

以上、少しでも参考になれば幸いです。